おかしなくらいおかし好きおかしなひとたち【前編】新たな部署『おかしな実験室』がおかしな農業を始めちゃいました!?
【前編】新たな部署『おかしな実験室』がおかしな農業を始めちゃいました!?
春日井製菓に新部署が誕生!その名も「おかしな実験室」。
何がおかしいのか?何を実験するのか?そもそもそんな部署が本当にあるのか?
と誰しも疑問に思うところです。しかもこの実験室のメンバーが、社名にゆかりのある春日井市でえんどう豆を自分たちで作っている?これは一つずつ紐解いていかなければ!ということで、「おかしなひとたち」の密着レポートです。
Text by 真下 智子|Satoko Mashimo
Photo by 野村 優 | Yu Nomura
おかしな実験室って何?
そもそもこのサイト、タイトルはもちろん、バナーだけで「おかしな」が5回も出てくる。記事の中を探せばおそらく無数に出てくることは想像に難くない。どれだけ「おかしな」好きな会社なんだ!と思っていたら、なんと「おかしな」とネーミングされた部署まで立ち上がっていると聞いて、いやいや冗談でしょと思ったライターましも。これまで春日井製菓主催のかなり“キテレツ”な、もとい!感度の高いイベントには参加させてもらっているが、今度は何だ?
「おかしな部署があると聞いたのですが…」
「おかしな実験室です」と、科学者なみの冷静さでいたって真面目に答えてくれたのが室長の原智彦さん。春日井製菓主催のトークイベント「スナックかすがい」を立ち上げ、自らマスターとして蝶ネクタイを締め、2人のゲストから巧みに本音を聞き出し場を盛り上げる。東京、名古屋、大阪、そして最近では高知や宮崎でもワンナイトのスナックのマスターを務める。おかし好き、人好きが集い、“かすがう”(※柱と柱をつなぎ止める「かすがい(鎹)」にかけている)ことで新しいワクワクが生まれる。そんな場にしたいという、春日井製菓の想いの詰まった一風変わったスナックだ。
もともと春日井製菓のマーケティング部の部長だった原さんが、2022年2月に立ち上げた新部署が「おかしな実験室」とのこと。しつこいが、「おかしな実験室」という“部署”だ。
「ネタづくり、ファンづくり、キッカケづくりを通じて、会社と社会を明るくしたい。面白くて笑顔につながる(おかしな)、新しい挑戦をする(実験)部署ですね」と原さん。
メンバーは社内公募で決まった3人+社外から合流した1人の計4人。白衣を着て日々商品開発に勤しんでいた人から、愛知県から遠く離れた兵庫県の相生工場でフォークリフトに乗っていた人まで、実にバラエティに富んだ人材が自ら手を上げ集結したのがこの部署だそう。
う〜ん、いったい何をやる部署なのか?ますますわからない。
そんな時だった。「ましもさん!えんどう豆お好きですか?収穫するのでぜひご一緒に!」
とお声がかかったのが、2023年の5月。ちょうどおかしな実験室(通称:おか験)が正式に始動して1年となる。声の主はおか験の“コミュニティ担当”高木宏幸さん。
高木さんの家庭菜園に招かれたのか?いやいやどうもおか験メンバーとしての高木さんからのお誘いのようだ。ピンポイントでえんどう豆はお好きですか?と突然聞かれても、嫌いではないが別に大好きです!というものでもない。ただ、おか験が畑でえんどう豆を作っている?ますますわからぬおか験の正体を探りたいと、指定された春日井市にある畑へと車を走らせた。この日は季節外れの夏日。眩しすぎるほどの日差しの中、視界に入ってきたのは地元農家のおっちゃんか?
おかしな実験農場は豊作万歳!
帽子に長靴姿。首にタオルを巻き、手には大きなカゴ。農家というよりキャンパーっぽい2人の男性が、キラッと笑顔を輝かせて近づいてきた。おか験のメンバー、高木さんと新城明久さん。手に持っているのは収穫したばかりのぷっくりプクプクのえんどう豆だった。
JR春日井駅から徒歩圏内にある畑はおよそ1,500坪。家庭菜園どころではないサイズ。都会のど真ん中とは言わないが、すぐ近くに高層ビルを望むこんなところに、こんな大きな畑があったことは全く知らなかった。ましてやこの畑で、春日井製菓がえんどう豆を育てているなんてことも。
その名も「おかしな実験農場」
収穫期を迎えたこの日、約20kgものえんどう豆を収穫し、その一部は春日井製菓の社員食堂で調理されるほか、「おかしな実験農場産グリーン豆」製造の協力を仰ぐ商品開発部へと託された。
弾けんばかりに膨らんだ艶やかなえんどう豆。収穫したばかりのものは生でも食べられると言われ、サヤの中の豆を食べてみた。確かに柔らかくて甘い!ほのかに香る土の匂いと青臭さから強い生命力を感じるほどだった。
おか験メンバーは愛おしそうにサヤをもぎ取る。その姿からこの半年間、いかに大切に慈しみながら育ててきたかが伝わってきた。まるで生まれたばかりの自分の子どもを見つめるようなほほ笑み。こんな顔にさせてしまうえんどう豆。すごいじゃないか!
祝50周年!グリーン豆に感謝を込めて、豆を作ります。
この企画の発端は、春日井製菓の看板商品の一つ、「グリーン豆」が2023年で発売から50周年を迎えたことだ。おか験ではこれを機に、あらゆるものの本質的なものを見つめ直すという意味も含めて、自分たちでグリーン豆の原料となるえんどう豆を作ろう!そして、その豆でプレミアムなグリーン豆を作ろう!という壮大な計画が始まったのだ。
舞台となったのは、(株)de la hatarakuの代表、林俊輔さんが運営するこの畑。
実験農場でのえんどう豆作りは…
- かつて田んぼだったところを土づくりから畑に転換。
春日井市のキクラゲ生産者から引き取った「廃菌床」と、近隣の街路樹の剪定枝を粉砕してチップにしたものなど、地域から出た資材をアップサイクルする。 - 未来のことを考えて、農薬はもちろん、化学肥料も使用しない。
- 蒔いた種は1,000粒。まず種から苗を育て、それを植える畑は長さ30mの畝が3列。
- こんなに大量のえんどう豆を作った経験のある人は運営者を含め誰もいない。本当にできるのか?それは誰にもわからない。
という4つの条件で始まった。誰もが手探りだった。
農業指導にあたるのは、林さんと共に(株)de la hatarakuの畑を切り盛りする農場長の源平春彦さん。源平さんは元養護学校教員で、40年前に就労支援の一環として農業に関わりはじめ、教員を退職後は自らの食関連の事業を行う傍ら、農業も営み、完全無農薬でトマトや小松菜を栽培し、高級スーパーにも卸していた。
この頃、林さんが源平さんと出会い、この小松菜を食べて、あまりにもの美味しさに衝撃を覚えたことが、林さんが源平さんと共に(株)de la hatarakuで農業を始める原点だった。
「ここはもともと水田だったんですよ。だから畑にするために土から作らないとダメだったんですよ。私にとってもここでは初めての栽培。大量のえんどう豆を作ることも初めて。どうなるか不安だという声はありましたが、ここは風通しがやく日当たりもいい。雑草の生え方を見ても、土の感触も良かったんです。長年の経験からここなら大丈夫だろうとは思っていました」と源平さん。その言葉通り、予想以上にすくすくと成長したえんどう豆は、大量収穫万歳!となった。
農作業の日= “畑と自分を育てる日”
ところでおか験と林さんはどこで繋がっていたのか?答えは「スナックかすがい」だった。2019年6月、第7夜のゲストとして招かれた林さんが熱く語っていた農業への想い。単なる農作物を作るだけの農業ではなく、「人を育み、人をつなぐ」という林さんの考えに、マスターである原さんが大共感。「いつか林さんと一緒に志ある仕事がしたい」と夢見ていた原さんの願いが叶い、このプロジェクトがスタートした。
さてこの林さんもかなり「おかしな」経歴の持ち主だ。大学では農学を専攻していたものの、就職先として選んだのはなぜか畑違いの大日本印刷(株)。企画部門で長らく活躍していたが、あることがきっかけで「日本農業の価値創造」をテーマに社会課題の解決に挑戦するために退職し、松下政経塾に入塾。「働く」ことで実感する人と人との繋がり、農業がもつ広く深い価値を見つめ分かち合う。そして健康は食からという当たり前をもう一度考える。そんな思想から『ユニバーサル農業』を提唱。アジアユニバーサル農業研究会を設立した。さらにこの考え方を基に収益を伴う事業化を目指し「働く、畑楽、傍楽」をコンセプトに立ち上げたのが(株)de la hatarakuだ。
“でらはたらく”とは、“モウレツに働く”という意味の名古屋弁。ちゃめっけたっぷりのナイスなネーミングで、名古屋人なら一度聞いたら忘れられない会社名だ。しかもちょっとイタリア語っぽくて洒落た響き。そうか!名古屋弁ってイタリア語っぽいのか…。
「名古屋人ですからね(笑)。農業への転身のきっかけは、サラリーマン時代に実の兄を亡くしまして。ふと立ち止まって考えたんです。人生には終わりはある。残りの人生、何ができるのか。自分のやるべき使命は何なのか。その答えが原点回帰で、学生時代に学んだ農業だったんです」。
林さんは、源平さんと共に全国の土づくりにこだわり、品質の良い野菜を栽培する農家と繋がり、旬のチカラを持った野菜を宅配する『ベジフルマルシェ』の運営を軸に、農業の経営改善や企業の農業事業参入支援などの農業コンサルティング、さらに障がい者や女性、高齢者など様々な人がイキイキと働ける場づくりとなる「ユニバーサル農業」の支援などの人財育成も手がけている。
農業を通じて人と人が繋がり、共に働く喜びを感じ、健康で幸せな毎日を多くの人に届けたい。
それが林さんの(株)de la hatarakuに込めた想いなのだ。
おかしな実験室で、コミュニティづくりをテーマに掲げていた原さんと、ただ農業をやるだけではなく、農業に秘められた新たな価値を提案するために、畑をいろいろな人が集う場にしたいと思っていた林さん。パズルのピースがピタッと合い、おかしな実験室で農作業を行う『畑と自分を育てる日』が制定された。
午前中は農作業、午後からは脳作業
ある日の「畑と自分を育てる日」は、今のところ毎月1回、おか験メンバーを中心に、社内だけでなく社外からも有志らが集う。
午前中は早朝から畑で作業し、皆でお昼ご飯昼食を食べて休憩。午後からは場所を移して林さんらが講師となり、ビジネススキルアップの研修を行うまるっと一日コースらしい。
ある日のスケジュールはこうだ。朝7:30に春日井駅に集合。畑に移動して長靴に履き替え、「呼ばれたい名前」のシールを胸に貼って朝礼へ。全員が一言ずつ、今日は何を楽しみに参加したのかを話し、農場長から作業内容の説明がありののち、皆で準備運動して体をほぐす。あとは心を無にしてひたすら土やえんどう豆と向き合う。夏は炎天下、冬は寒空の下での過酷な作業。でも可愛いえんどう豆がすくすくと成長していく姿を目にすると、暑さも寒さも感じない(とは言っていないかも…)。手を動かしながら、はじめましての人と、四方山話に花を咲かせたり、時に共通の趣味で盛り上がったり…。太陽の光を浴び、土に触れ、頬に風が当たると、なぜか心まで開放的になるようだ。
午後からは座学。
林さんや原さんが講師となり、プレゼンテーション、企画書づくり、ファシリテーション、発想力と、どの業界のどんな仕事でも役立つビジネススキルを実践方式で学ぶ。
『畑と自分を育てる日』ゆえ、午前と午後のセット参加が原則。商品開発やブランドコミュニケーションなどを専門に行ってきた林さんの講義は、わかりやすくて実践的と大好評だ。農作業はちょっと…でも午後の座学は受けたいというリクエストも多数寄せられたそうだが、それはNG。午前の農作業があるからこその午後の脳作業。両方を経験することで、畑も人も育てていこうという狙いがある。
土づくりから全7回の「畑と自分を育てる日」を経て、ようやく大量のえんどう豆を収穫。そして先日、ついに「おかしな実験農場産グリーン豆」が完成した。
満面の笑みを見せながら「できたんですよ。食べてみてください!」と手渡してくれた高木さん。少し日に焼けたその充実感溢れる表情は、長年農業をやっているファーマーそのものだ。
袋の中のグリーン豆は、色も形もマチマチだが、ほのかな豆の甘みと土の香りは生で食べた時のまま。思わず「美味しい!」と呟いた私の顔を見て、「ですよね」と得意げな高木さん。
高木さんは工場勤務も研究室勤務も経験はない。もちろん自社製品ゆえ、愛があるのは当たり前だが、それでもここまで愛おしいと思わせたおかしな実験農場産グリーン豆。それは無農薬のえんどう豆で作った国産の特別なもの、というだけでなく、高木さんはもちろん、おか験メンバーにとってもプレミアムな時間とプレミアムな苦労、さらにプレミアムな想いがぎっしりと詰め込まれた一袋なのだ。
3年連作に向けて再始動!
このえんどう豆づくりは、来年の収穫に向けて再び土づくりから始まる。
「豆は連作障害が起こりやすく、2年続けての収穫は難しいと言われています。ただそれは土にいる微生物の力の問題。おそらくここなら、この土なら障害は起こらないはずだと読んでいます。もう一度土づくりから始めて、まずは3年続けてやってみますよ」と源平さん。
「ここは水田を畑にしたものなのですが、通常、水田から畑にするには、何年もかかるんです。それを微生物の力を借りながら短期間で畑にし、一年目でこれだけ収穫できました。実は畑の一年目はビギナーズラックがあると言われているのですが、そのジンクスを破りたいんです。即効性のある化学肥料と農薬を使えばいいんでしょうけど、それでは土の中の微生物が持つ力をそいでしまう。親が先回りして手を出してしまうと、子どもは自分の力で頑張ることができなくなってしまう。子育てと一緒ですね。土を育む微生物の力を活かし、もう一度土づくりから始めます。さて来年はどれだけできるか。再び誰にもわからないチャレンジになりますね」。
林さんは子どものような無邪気な笑顔を見せた。
<新たな部署『おかしな実験室』が おかしな農場を始めちゃいました!? 後編~その1に続く>